伴奏したかった
麻里子からの「わからせようとしなくてもわかってくれる人を探す」
その言葉ほど私にとって屈辱感を味わう言葉はなかった。
俺は麻里子の事をわかってやれない人間。
その烙印を押されたから。
麻里子の事を分かりたい、わかってあげたいと思う私には屈辱的だった。
麻里子をわかってやれるのは俺じゃないんだ。俺以外の人を求めてる。
そして、麻里子はそれを望んでる。
俺は、宇宙へ、今朝会社の前の公園で麻里子の脇にいて傷つけてしまった麻里子をまた立ち上がる伴奏をしたい。一緒に生きていきたい。どうかその役割を担わせて欲しい。
そんな望みを投げたが、鼻から麻里子にそれはあなたではないとばっさり斬られてるという事実。
ふん!と嘲笑うように麻里子は答えた。
あなたごときに、そんな事できないでしょ。
そもそも貴方のこと、もう信じてないんだから。 貴方は信頼に足る人間ではないの。
信頼とは行動の積み重ね。貴方に信頼はない。
あー、どれほどの年月が麻里子に信頼される為に必要なんだろう。
そんな事してるうちに麻里子はさっさと麻里子の事をわかってくれる人を探しだし、俺への愛をその人に注ぎ込み、一緒に歩んでいくのだろう。麻里子はその人が必要でその人も麻里子が必要。俺の代わりの人を選んで愛を紡いでいく。それを愕然としながら側で見ること。あーなんて残酷なことだろう。でもそれを俺は麻里子に対してやったんだよな。それを目の前でみて、味わうことで、はじめて俺はやっと麻里子の気持ちがわかるのだろう。
その時にわかったってももう遅すぎる。
この人生、もうこの時点で失敗確定か。
俺は逆立ちしたってその人のようになれない。今までずっと感じない設定で生きてきたから。
いま、麻里子と一緒に歩んでいきたいと心から望んだその時、麻里子と一緒にこの道を歩んで行けないことがわかるなんてお笑い草もいいとこだよな。
俺はこんなストーリーを描いて生まれてきたのか。
それとも、成功のストーリを持って生まれてきたけれど本当に失敗しちまったのか。
俺を愛した麻里子が目の前で崩壊していく。
ほんの浮気心がこんなにも大きな代償になるとは想像すら出来なかった。
せめて、麻里子の気持ちを知りたかった。
麻里子の気持ちをわかる自分でいたかった。
少なくともその設定だけはして生まれてきたかった。
俺は昔、妻に俺はなんで人の気持ちがわからないのだろう、なんで鈍感な心で生まれてきたんだろうと聞いたことがある。
その時、妻は、貴方の内部は本当は凄く繊細で傷付きやすい、だからそれを守るためにその鈍感さで身を守っている。と言われたことがある。
それがもし本当なら、今その傷つきやすい心をまる裸にして、何も守らず、繊細な心を守る盾を捨てて大いに傷つきたい。
傷ついて傷ついて死にそうになればきっと麻里子の痛みが少しはわかるのだろう。
いや、傷ついて傷ついてその痛みとともに死ねるならそれが麻里子の痛みを上回れた証になるか。
向こうの世界に帰った時に大手を振って麻里子に、俺はおまえより傷つくことが出来たって笑って言えるのかもしれない。
これでおまえのことはおまえ以上にわかるよって。
でもその時には麻里子が進むパラレルと俺のパラレルは大きく違って永遠におまえと巡り会えないかもしれないな。
そうそう、よく考えたら、俺はずっとこの地球に来た時からもう俺のことを解ることが出来る存在はいないと思ってた。
その孤独をずっと抱えてきた。
ただそこに戻るだけだよな。
その孤独とともに死して生きながらえよう。
そしてまた、この宇宙を放浪しよう。
この宇宙が終わるまで、もしくは俺という存在が消えるまで。